日光「ふぃふぁ山荘」元単身赴任日記という栃木県閲覧No1のブログがある。その製作者と始めて会ったのは今から2年前(24年7月)の事だった。

日光に別荘を購入(23年4月)し、自分の力だけで改装工事をし始めて1年。ようやくちゃんと住めるような家になった。工事期間中は、毎日のように小倉山ゆりんという温泉に行っていて、夕食も食べて帰ってきていた。毎日行っていると、そこの社長さんから、「日光の美味しい店など沢山掲載されているブログがあるから、それを見てはどうですか?」という事だった。

毎日、色々なお店を探して食べ歩いていた私は、そのブログを見て、製作者の足跡を辿る様に食べ歩き、その美味しい味と、ブログ製作者の文章のうまさに尊敬の念まで持つようになった。

いつものように小倉山ゆりんで休憩していると(24年7月)、そこの社長さんから「あの方が、ふぃふぁ山荘のブログを書いている人です」と教えられ、その場で挨拶を交わし、天の上の人と会うかのように感動した。それが彼との付き合いの始まりである。

その後、時間が合えばいつも飲み歩き、観光名勝まで案内してくれた。日光に知り合いのいなかった私にとっては、とても頼もしい人物であり、素晴らしい観光案内人でもあった。

そんな彼が、仕事の都合で東京の本社に転勤が決まり、日光の生活を最後にしたのが25年2月の事。

日光「ふぃふぁ山荘」単身赴任日記の継続を地元の方たちと、遊び人の私の数名が選ばれ、特派員が継続ブログ記事を作成するというシステムを残していった。私の名は特派員O。ブログ運営に協力する形で、彼にお世話になったお礼をしたかったのである。

彼が東京に帰ったあと、単身赴任日記が元単身赴任日記となり、特派員が独自の文章をによる記事が掲載されるようになってきたが、以前よりは少なくなってはいたが、彼の面白可笑しい文章は時々継続され、その粋を超える者は誰もいなかった。

彼のように、面白可笑しく、そして詳細な説明のできる記事を書くのには、長年やってきた「ふぃふぁ山荘」の粋に達しないとできるものではないだろう。。たとえ同じ年月が経ったとしても、私には真似できないと思う。

これからも、日光「ふぃふぁ山荘」元単身赴任日記を応援していきたいと、心から願っている。

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